他人を変えようとしても変わらないことくらい気づけっての

      2017/08/11

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どうも

歌い手&ブロガーのきじりです。
 

今回はですね、ふと思ったことを書き殴りたいと思います。

 

他人は変えられない

 
例えば
 

「もっと感謝しなさい」

と言われて、感謝できますか?
 

また、自分にとって迷惑なことをされたときに

「あなたのためを思ってやった」
 

と言って自分の行為を正当化するような人を受け入れられますか?

こういう「自我があるようでない人」にはもううんざりしているのです。
 

人のことを考えず、自分の「こうなってほしい」という願望を最優先にする人。

幸か不幸か、結構身近なところにそういう人がいたので、思考整理も兼ねて思いをぶちまけます。
 
 
 

言われた側の心情と行動

 
例えば「もっと感謝しなさい」と言われたとき。
 
まず、対等な人間として扱われてる感じがしません。
 
命令されてるようなもんですからね。意味が分からない。
 

普段は全く感謝してるように見えないのでしょうが、感謝の思いがあれば自然と感謝するし、

言われてする感謝に想いがこもってるとは思えない。

よって「その人の前でする感謝」→「想いのこもってない感謝」という認識をする。
 
つまり余計に感謝をしなくなるという悪循環に陥る。
 
 
 

こんな状況になったら、自分の認識を改めるか、その人に近づかないようにするしかない。

そこで俺は、その人から少しずつ離れることにしました。
 

そして今、その人が俺と直接やり取りするには、手紙しか方法がありません。

そのうち引っ越すので、手紙すらも使えなくなります。
 

幸いその人は、「新しいこと」が苦手なようで、インターネットを介して接触してくる可能性は低い。

着実に俺は「その人」から離れています。
 
 
 

人を変えようと思うな、自分を変えろ

 
このような人の対処法は、先程も述べたとおり「認識を変える」か、「距離を置く」の2つが考えられます。
 

行動しやすいのは後者の方かと思います。

関わりたくない人とは縁を切って、関わりたい人とだけ関わればいいのです。
 

それだけで人生が変わり始めます。

 

実際に俺は徐々に距離を置くことで会社をやめる決意をし、こうしてブログを書いています。
 

息抜きに好きなように歌を歌っています。

会社をやめることに反対をするのは、そのような生き方を経験したことがなく、
 
ただ自分の意見を押し通したいからです。
 

未知のことや、変わることを無意識のうちに拒否してるのです。

そんな人の意見に耳を傾けたところで、その人と同じような「変化のない人生」を歩むだけです。
 
 
 

世の中はどんどん変わっていきます。

特にIT関係は急激な成長をし、人どうしのコミュニケーションの形は日に日に変化しています。
 

自分が変われないのであれば、世の中に置いていかれるだけです。

お年を召した人々はそれでも良いのかもしれませんが、若者には致命的です。
 

変化のない、安定した人生ほど、無味乾燥でつまらないものです。

 

まず「安定を求める」って発想が古い。
 

安定ってそんなに素晴らしいことですか?

俺にとって安定とは、「下手に動けないようにガチガチに固める(動きを制限する)こと」です。
 

行動を起こしやすい環境を作るには、まず後ろ盾を排除すべきです。

俺の行動で言うと、「嫌な人と距離を置く」と「会社をやめる」です。
 

公務員が安定してるとか言われてもなんの魅力も感じません。

やりたくもないことをやってまでお金を貰おうとは思いません。
 

これからは「やりたいことでお金を稼ぐ時代」です。

常識は新しく生まれ、そして廃れゆくものです。
 

いつまでも古い常識にとらわれないで、本当に自分のやりたいことに集中してみてはいかがでしょうか?

 

これは、俺と同じような状況の人だけに言ってるのではありません。
 

「自我があるようでない人」にも言っています。

そして、どちらの人も俺の言うことを理解しなくて結構です。
 

別に理解してもらうために書いていませんので。

 
 

「自我があるようでない人」という表現について

 
自分の「こうして欲しい」を他人に求める(押し付ける)人のことを「自我があるようでない人」と表現してみました。
 

このような表現をした理由を説明しましょう。

 

まず俺は「自我がある」を、自己主張があるというような意味で用いてます。
 

自己主張があるようでないということです。

相手に変化を求めて(相手に自分の欲求を押し付けて)自分は変化しないと言うのは、
 
むしろ肝心な自己が抜けてるようにしか思えないのです。
 
 
 

あくまでも自己主張とは「自分はこう思う、こういうことをしたい」をアウトプットすることのはずです。

自分の意見を押し通すことではありません。

 

相手を変えることでもありません。

少なくとも俺はそう認識しています。
 

なので「自我があるようでない人」という表現になりました。

 
 

最後に

 
俺は「距離を置く」ことを選びました。
 

「認識を変える」には、あまりにも距離が近すぎた・・・。

そんな気がするのです。

 
 
 

現状に悩んでる人は、人を変えようと思ってはいけません。

他人を操っているのは他人です。
 

変えられるのは自分だけです。

そして、自分が変わることでまわりの環境も変わっていきます。
 

他人を変えたければ、まずは自分を変えましょう。

では、このへんで。
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